2022年3月31日木曜日

専門医試験合格!!おめでとう!!

みなさんこんばんは。救命診療部の原です。

本日は3月31日、いよいよ明日から新年度に入ります。新しい職場で働き始める人は、大きな期待と少しの不安で今年度最後の夜を過ごしているのではないでしょうか。

新型コロナウイルスは2年が経過してもまだくすぶりつづけ、ウクライナ情勢は一段と厳しい状況となっています。令和4年度こそは、全世界の人類にとって明るい社会となってほしいですね。


さて今年度は、当救命救急センターから4名のスタッフが専門医試験に合格したので報告します!

日々の忙しい臨床をこなしながらも、みんなが少ない時間を見つけて一生懸命勉強していたのを見ていたので、合格を聞いたときは自分のことのように嬉しかったのを思い出します。

・橋爪貴史、山下高明・・・日本救急医学会救急科専門医

・柴田やよい・・・日本集中治療医学会集中治療専門医

・村上 翼・・・日本ペインクリニック学会専門医、日本区域麻酔学会認定医


まず2018年から当院の救急科プログラムに参加し修了した橋爪先生と山下先生。

橋爪先生は大阪府出身、山梨大学卒業で、四国の高知県には縁もゆかりもない中で当院へ病院見学に来てくれ、救急・集中治療・麻酔のすべてを網羅できる当科のシステムの良さを見抜いて飛び込んできてくれました。彼の頭の回転の速さと勉強量、フットワークの軽さはピカイチで、コメディカルからの信頼も厚いです。もちろんアフターファイブの充実ぶりも十分で、コロナ禍でも身をわきまえて人生を謳歌している姿はまさに若さのなせる業で、うらやましい限りです。もちろん試験も余裕の合格だったことが、写真の笑顔からもうかがえます。



山下先生は東京都出身、高知大学卒業ですが、これまで少し回り道をしながらも着実に人生経験を積み、医師として再スタートするにあたって当科を選んで入ってきてくれました。彼の人格には特筆すべきものがあり、患者さんへの真摯な対応や丁寧な診察はもちろん、コメディカルとのコミュニケーションも申し分なく、周囲からの評価はバツグンです。すでに結婚していて子供も3人いる中で、仕事と家庭を両立している姿は、私も見習うところがたくさんあります。学会発表や論文執筆も最後までやり切り、見事に合格を勝ち取りました。




次に柴田先生。彼女はすでに救急科専門医と麻酔科専門医を取得済みで、とっくに集中治療専門医も取得していてもおかしくない実力者なのですが、結婚・出産の時期と重なり、ようやく今年度、無事に合格してくれました。彼女は2人の子供の母親でもあり、忙しい家庭と両立する中で空いたわずかな時間を見つけてテキストを開いて勉強していた姿が印象的でした。現在もER、ICU、麻酔のすべてをこなしてくれているだけでなく、ときにはドクターカーに乗って現場に出動したり、一般病棟の人工呼吸器離脱困難症例を最後までしっかり見てくれたりと、当科の中ではなくてはならない存在です。



最後に村上先生。初期研修医1年目の25歳から当院で働いていて、若手のホープと言われていた彼も今年でなんと40歳!!ときの過ぎるのはなんと早いことか…(そりゃ私も年を取るはずだ…)

そんな村上先生はすでに救急科専門医、集中治療専門医、麻酔科専門医、さらには総合内科専門医まで取得済みで、今年度はこっそり?ペインクリニック専門医+区域麻酔学会認定医なる資格を受験し、見事合格していました。しかし何をかくそう、ペインクリニックこそ村上先生のライフワークであり、エコーのプローべと穿刺針を肌身離さず持ち歩いているというウワサが立っているほどです。(というのは冗談ですが、写真の右手に持っているのはプローべでは??)



以上、最後まで読んでいただきありがとうございました。

長々と書いてきましたが、村上先生のように重症患者さんの全身管理ができるという総合力を備えながらも、さらにもう一歩自分の特徴を生かせるような医師になれることが、当救命救急センターの最大の特徴かと思います。

もちろん働き方改革の以前からできるだけ各自の勤務希望を優先し、みんなで協力して業務をカバーし合い、家庭の行事や学会にも積極的に参加してもらっています。お子さんのいる先生も含めて女性医師が6名在籍しているのも当科の特徴かもしれません。

学生のみなさん、初期研修医のみなさん、経験豊富な先生方、ぜひともに働いてみませんか。ご連絡をお待ちしています。



2021年12月28日火曜日

日本救急医学会指導医施設認定!!

 みなさんこんにちは。救命診療部の原です。

いよいよ年の瀬となり、コロナに振り回された2021年が終わろうとしています。通常診療最終日の本日も、当院は急患や緊急手術に明け暮れています。2022年こそは落ち着いた日常が取り戻せることを祈るばかりです。

さて本日は嬉しい報告があります。このたび2022年1月1日より、高知赤十字病院救命救急センターが日本救急医学会指導医施設に認定されました!

この救急医学会指導医施設を申請するには、指導医が2名常駐していることが必須なのですが、この指導医資格の取得が非常に難易度が高くハードルとなっていました。3年前に私が指導医を取得し、昨年に山下センター長が指導医を取得して、今回ようやく念願の指導医施設に認定されました。指導医を取得するには、指導医施設に7年勤務することが最低条件であり、一定の臨床経験だけでなく論文執筆も必要となっています。

指導医施設は東京や大阪などの都市部には多くありますが、地方では各県に1つあるかないかの貴重なもので、四国では香川大学、愛媛大学に次いで3病院めの認定となります。もちろん名前に準じた高度な診療レベルとスタッフが要求されますので、今後もレベルアップに努めていきたいと思います。そして今後もスタッフが救急指導医を取得できるよう、日々の臨床だけでなく学会発表や論文の指導なども充実させていきたいと考えています。

また当救命救急センターでは、他にも集中治療専門医、麻酔科専門医、外傷専門医、呼吸療法専門医、腹部救急認定医などの認定施設となっており、各自の希望に応じた勤務体系を組むことができます。子育てをしながら働いている女医さんがたくさん在籍しているのも当センターの特徴です。

救急医学会指導医資格を目指している方は、当院でともに働いてみませんか??興味のある方はぜひご連絡ください。お待ちしています。






2021年12月7日火曜日

第11回高知Acute care surgery研究会

みなさんこんばんは。救命診療部の原です。

12月3日(金)に高知城ホールにて、第11回高知Acute care surgery研究会が開催されました。コロナ禍が落ち着いてきているとはいえ、現地+オンラインのハイブリッド開催にて50名以上の方に参加いただき盛会に終わりました。

昨年はコロナ禍の真っ只中でオンライン形式となってしまっただけに、2年ぶりに現地開催ができ研究会の代表世話人としてホッと胸をなでおろしているところです。

今回の特別講演は、島根大学Acute care surgery講座の比良英司先生にお願いしました。演題は「Acute care surgery診療体制をどのように構築しマネジメントしてきたか~島大ACS講座の5年間を余すことなく公開します~」と題し、わずか3名での講座の立ち上げから現在の診療体制に至るまで、その苦労と実績をお話していただきました。われわれ高知県のACS体制にも十分に参考になるお話をいただき、今後に生かしたいと関係者一同で感銘を受けた次第です。

また一般演題では、当院救命救急センターの桐田先生から「ERを経由し入院となった急性胆管炎症例の検討~rTM使用例もふまえて~」、昨年当院から島根大学に移った山本先生から「出血性ショックで緊急開腹術を行った腹部外傷の1例~当院での外傷診療の実際~」ほか、3つの演題発表があり、活発な議論が交わされました。参加者のみなさんにも非常に有意義な内容だったのではないかと思います。

最後は高知大学災害救急医学講座の西山教授にご挨拶いただき閉会いたしました。

その後は比良先生を囲んで、静かに慰労会を行いました。プライベートな話もたくさんしていただき、楽しいひとときを過ごさせていただきました。島根と高知のつながりがさらに深まったのではないかと思います。

お忙しい中、わざわざ高知まで来てくださった比良先生と山本先生に感謝申し上げます。今後も一人でも多くの重症患者さんを救命できるよう、県内3つの救命救急センターを中心に高知県のACS体制を充実させていきたいと思います。

高知赤十字病院・桐田先生

島根大学ACS講座・山本先生

慰労会で比良先生(中央右)を囲んで


2021年11月24日水曜日

第49回日本救急医学会総会・学術集会

みなさん、ごぶさたしております。
救命診療部の原です。
コロナ禍もあってすっかりブログ更新から遠ざかっていたのですが、2年ぶりの更新となります。

11月21日から23日まで、東京日本橋で行われた第49回日本救急医学会総会・学術集会に参加してきました。
コロナ禍が落ち着き、久しぶりに現地開催となった学会でした。
私も久しぶりに全国の救急や災害医療従事者の先生方と直接会って話をすることができ、ようやく日常が戻りつつあることを実感した学会でした。

当救命救急センターからは、救急科専門医プログラムで研修中の桐田先生が、一般演題「低血圧に対するアドレナリン使用が逆たこつぼ型心筋症と肺水腫を誘発したと考えられた1例」を発表しました。
もともと優秀で貫禄のある桐田先生ですが、全国学会でも落ち着いて堂々と発表し、循環器系救急と思われる先生からのスルドイ質問にも難なく答えていました。
この発表はめずらしい症例なので、知識のあるうちにぜひ論文化してもらいたいですし、われわれ指導医もしっかりバックアップしたいと思っています。

さて今回の学会では、昨年まで当救命救急センターに在籍していた島根大学Acute Care Surgery講座の山本祐太郎先生とも再開できました。相変わらず元気な様子と手術を頑張っている現状を聞いて安心しました。
このように当救命救急センターを巣立っていった若手先生方の活躍を耳にすると嬉しいものです。
来年度も2名の新しいスタッフを迎えるにあたり、さらにレベルアップできるよう今後もチーム一丸で頑張っていきたいと思っています。

予演会からさらに改善されてとても聞きやすい発表でした

堂々と質疑に応答していた桐田先生

左から山本、村上、桐田、原

学会会場近くの日本橋をながめて

東京はもうクリスマス一色でした

2021年4月17日土曜日

思い出のアルバム:救命診療部春2021

 

いーつのことぉーだかー

思い出してごぉーらぁん


あんな事ぉー、こんな事ぉー、あーったーでしょー

 

布村先生が、この春で卒業(長期出張)してしまったこぉーとぉー

(自分でブログ更新させてごめんなさい・・)




新しい先生が入部(救命診療部)してくれたこーとー





いーつーにーなぁーってもぉー、わーすれーないー





2021年3月31日水曜日

ぬのちゃん、徳島帰るってよ ー救急部のススメー

みなさん、こんばんは

救命診療部の布村です。

ブログ書きてえなあと思いながら、筆不精で1年くらい経ちました。

更新を楽しみにしているみなさん、すみません。


今年度はコロナの影響もあり、多くの学会がweb開催になりました。

普段はいけないような各地の地方会もwebで参加でき、またオンデマンド配信の恩恵も個人的にはかなり受けたので、悪いことばかりではなかったのかもしれません

(と、現地にいけなかったのでブログの更新が滞ったという言い訳「風」にしました)


ところで、今回のタイトルは「ぬのちゃん、徳島帰るってよ」になってます。

ぬのちゃんて私なんですけど。

私事ですが、3月31日を持って退職して地元の徳島大学病院で働くこととなりました。

以下、回顧録ですが、これを読んだ誰かが救急部に興味を持ってくれたらと思います。


2017年10月に高知赤十字病院救急部(現救命診療部)の一員となりました。

目的は「救急車が来ても逃げずに戦える医師になるため」でした。

救急車を見るのが苦手でこのままでは一生後悔すると思い、高知日赤に来たのです。


10月1日に旧病院のICUで「540日全力で頑張ります」と挨拶したことを昨日のように思い出します。

新病院移転も相まって、結果としては1200日勤務したことになりました。

この病院がいかに自分にとって居心地がよく、いい病院だったかを示す「数字」の一つかと思います。

「数字」と言えば、高知日赤は402床といい意味で、小回りの効く規模の病院だったのだと思います。

各診療科の先生方をはじめ、外来・病棟の看護師さん、リハスタッフさん、MEさん、地域連携室や事務方のスタッフの方々、みんな暖かく迎え入れてくださり、そして患者さんと家族のために一緒に戦ってくれました。

本当にありがとうございました。

おかげで救急科専門医も取得できました。


勤務表を振り返ってみると、入職時には当時のボスであった西山謹吾先生とペアで日勤帯のER業務をよくしていました。

その頃は、自分一人で見れないと思うや否や「西山先生呼んできて」と研修医に頼んでいました。

そんな忙しい救急外来でたくさん指導していただきましたし、これからも僕は「教えることは学ぶこと」を実践し続けようと思っています。

人を魅了するそのパワーは本当に真似できません。


そして、現在のボスである山下幸一先生は僕の理想で憧れです。

「これはアカン」と思うとそこに颯爽と現れ、いつも後光がさして見えました。

誰に対しても優しく、真摯に患者と向き合う姿、そして豊富な知識。

一緒に働けば、きっとその凄さを実感することでしょう。

そしてこの人と一緒に働きたい・頑張りたいと思うはずです、僕は今でもそう思ってます。




さて、全然話変わりますけど。

昨日、サヨナラの挨拶をした時にICUの看護師さんに以下のように言われました(原文ママ)

「ぬのちゃん、高知にきた頃にはNPPVの回路、何準備したらいいか分からんへん!って言いながらあたふたしてたけど、それが今はNPPVについて研修医の先生に教えてるとは見違えるようやなあ」

ああ、そんなことあったなと。

成長というのは自分では全く分からないものですが、高知日赤にくれば絶対に成長するんだと思います、

自分で言うてもうてるけど。




高知日赤のERでは初療をして各科に主治医を依頼する形です。

ICUにはいる重症患者さんは主科と一緒になって診療していきます。

この「一緒になって」が本当に好きです。

みんなで協力して最高の結果を求めていくこと、それができるのがこの施設の強みで、そして1番大切であるということも教えてもらいました。

どうでしょうか、救急部に興味でてきましたか?


さて、僕の目的だった苦手なERでの診療ですが、結論からいうと好きになりました。

高知日赤にきた頃は、ICUが好きでしたが今はERも好きです。

というのもさらっとERのスタッフへの挨拶の中で指摘されました。

「ぬのちゃん、ER苦手やから来た割には最近イキイキしながら初療室入ってくるで!」

ICUもERも好きだと思うように育てていただいたセンター外来・センター病棟のスタッフのみなさんありがとうございました。


このようにみんなに支えてもらってばかりの3年半でした。

みなさんに与えてもらってばかりの3年半でした、何か形として残せればと思ってましたが思い出だけしか残りませんでした。

せめて、自分が楽しかったという思い出を伝えて、徳島に帰るってよってことで。

高知日赤は本当にいいところです、何回もいうけど。

出会えた全ての人に、感謝と愛を込めて。

ありがとうございました、大好きです!













さあ、ここまで写真一枚もないにも関わらず、この長文を最後まで読んでくれた方は救急部に興味のある方かぬのちゃんのファンの方なのでしょう。

3年半前には想像もできなかったERを飛び出して病院前も好きになった姿で終わります。

みなさんぜひ、救命診療部へお越しください!


2020年9月16日水曜日

さらば愛しき者よ、そして島根へ・・ 山本祐太郎先生巣立ち編

 

皆さんこんにちは。

救命診療部(非)公認キャラのシリン爺(しりんじい)です。



夏の暑さもようやくひと段落し、秋が日増しに近づく今日この頃ですがいかがお過ごしでしょうか?

 救命診療部も日々がんばっておりますが、この9月にコロナ禍をも吹き飛ばす一大イベントがありました。


皆さん御存知、山本祐太郎先生↓

が、長年過ごした高知赤十字病院を離れ、新天地へ旅立つことになったのです!


山本先生が初めて救命診療部にやってきたときはこんな感じ↓


でしたが、この6年で大きく成長し、今やかけがえのないキーマンとなりました。


ある時は、集中治療医として・・

ある時は、麻酔科医として・・


そして救急医・外科医・DMAT隊員として、変幻自在の活躍を見せてくれました。


この数年は高知県の救急医療をつなぐDr.ヘリ事業にも参加し、文字通り獅子奮迅の活躍でした。


そんな山本先生が去ることになり、シリン爺はなう山本ロス状態。

いや、救命診療部はおろか病院全体が山本ロス・・

 

・・ですが、山本先生がこれからも益々ご活躍されることを祈願して我々一同エールを送りたいと思います。

 

頑張れ!

山本先生!!

 

新天地島根へTAKE OFF!!